私にとってのジャズのルーツ。



『ブルーノート』が今年で閉店!?。。。。

寝耳に水だった。我が母校「大阪音楽大学」がある阪急宝塚線『庄内』に49年間ジャズと美味しいコーヒーを提供し続けてくれた『ブルーノート』が年内をもって閉店。

あれは高校3年の冬、受験の為に音大に通った際、やたらと敷居の高そうなジャズ喫茶があった。寒かったのでホットコーヒーを頂きたく、勇気を出して扉を開けてみた。煙草の煙と眼光が鋭く屈強なマスターの顔。ジャズに対する憧れ、大人になりたい背伸びしたい気持ちで、正直居心地は良くはなかったが試験期間中毎日コーヒーを飲みに立ち寄った。マスターの名前は菅原乙充さん。ここの地で開店するまでは関西では名の通ったアルトサックスプレーヤー。
ママさんは人懐っこく、色々親切に接して下さった。

大学に入学して、ほとんど毎日のように通った。まずブルーノートに寄り、荷物を置かせてもらってから授業に行き、昼休みにはここで弁当を食べさせてもらったり、放課後は必ず寄ってジャズを聴いて帰った。クラシックの大学だったがジャズを好む学生や先生方で毎日賑わっていた。毎年6月には開店日記念セッションというのがあり、ジャズを演奏する先輩達のプレイを憧れの眼差しで見ていた。そうこうしているうちに、大学のビッグバンドに入ったりして自分もジャズピアノをやってみたくなったのだ。ビルエバンスを初めて聴き心酔したのもこの時から。私が2年生になり新入生に井上陽介b、小島勉ds、岡田ケイタdsが入って来て土曜日の午後に練習させてもらうようになった。初めは退屈そうに居眠りしながら練習を聴いていたマスターが、だんだん録音やビデオ録画してくれるようになって来た。

そう、ここ『ブルーノート』は私にとってのジャズの始まりであり、マスターはジャズの父である。

卒業後上京してからもジャズ科創立当時から講師として母校にお世話になることになったので、ずっと通い続けているのだ。教えていた学生達も多数通うようになり、ここでお世話になった。

37年間通い続けるうちに、大学の周りの環境も変わり店もお客さんが少なくなり寂しい近年だったが、11月に大学に行った際に閉店の事を聞いたのだった。。。。

そして発作的に12月12日(水)に最後のセッションを開催しようと決意し、facebookで告知し、大阪在住のブルーノート関係者にお知らせ、呼びかけをし、少しでも多くの人に集まってもらいたいと思ったのだった。
この日がNGでもマスターに会いに行って頂きたいし、別の日にセッションを企画して頂くのも良いかもしれない。

この呼びかけは多くの反響があり、当日には店に入り切らない程の人々が集まり、ブルーノート、そしてマスター菅原乙允さんに感謝の意を伝えた。毎日新聞さんも噂を聞きつけて取材に来てくださり、記事を書いてくださった。そして沢山の想い出に刻まれる写真も撮ってくださった。ありがたい事です!!

ここブルーノートで得たジャズに対する精神や、人との繋がりの大切さ、大きな愛は自分にとっての心の底にずっとある宝だ。ここでジャズに目覚めなかったらどんな人生になっていたのだろう。。。人生に「もし?」は無いが考えてしまうのだった。本当にブルーノート、マスター、多くの友達、先輩方に感謝しかない。

これから大阪音大に行く時にブルーノートに寄れないとは!!!僕は大阪音大のジャズ科の授業で、自分なりにルーツから得ている事を伝えて行ければ。それがブルーノートに対する恩返しだと思っている。

47年間、本当にお疲れ様でした。そして美味しいコーヒーを、大きな愛をありがとうございました!!!

写真が沢山あります。どうぞご覧ください。

スライドショーはこちらから!!




投稿者 石井彰 : 13:11 | その他

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