Jazzピアニスト石井彰(Akira Ishii)の気まぐれな日記Blog the MOST
2000年に発足。僕は初めは1stレコーディングのゲスト参加だった。
多田誠司さんとは、出会いを遡れば約20年になろうか。。。。?大阪在住時代に宇高連絡線という船に乗って、ごくたまに高松に行く機会があった。「Uptown」という老舗ジャズ喫茶で多田さんが銀行員を辞めプロとして上京する壮行セッションで共演したのが初めて。。。。か?
その後、彼は上京し腕を磨き、日本で屈指のアルト奏者に。
1990年だったか、まだ大阪で活動していたが、上京しようと考えていた頃、岡山での仕事で偶然にも大阪組と東京組合体バンドで再会。上京の意思を伝え、また是非やろうということに。あまり共演の機会はなかったが、1999年に多田さんが日野皓正クインテットに加入して急速に共演する機会が増えた。
以後、約10年間で最も付き合いの長いサックス奏者だ。盟友と言えるだろう。
the MOSTでの8年間、レコーディングや数え切れないほどのツアー、二人旅など、楽しい事がたくさんあった。
今日は、そういった事が沢山ライブ中に思い出されて感慨深い日でした。
メンバー全員がどんどん大人になっていき、進化していった。振り返るとそういう確信があります。
進化する過程で自分のピアニストとして、リーダーとしての自立を考えて、敢えてthe MOSTを辞めさせていただくことになりました。バンドに対して、勝手を言って申し訳ないという気持ちはありますが、1ミュージシャンである以上、自分の考えを通さなければならないことも。
今日、多田さんとデュオで演奏した「ベティブルー」は忘れられません。
多田さんとは、これからも日野クインテットでもデュオでも演奏し続けますし、大坂氏、上村氏も同じです。よろしくお願いします。
the MOSTのメンバー、そしていつも聴きにいらしてくれたお客様に感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました!!!
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.akiraishii.net/cgi-bin/tt-cgi/tt_tb.cgi/941
「the MOST」の一人のファンとして、このたびの「the MOST」のメンバーからの脱退を選択された石井さんの決断に敬意を表するものです。 もちろん、私情としては「the MOST」サウンドの核を構成するピアニストの石井さんが抜けることの精神的ショックは並大抵のものではありませんでした。 然し一方で、能力あるアーティストに期待する一人のオーディエンスの立場に立てば、石井さんも述べられている「進化」した演奏を聴きたいという飽くなき欲求があるのも事実です。 その意味でアーティストの王道を追求することに徹するべく決断した石井さんには、最大級の賛辞を添えてエールをお送りしたいと思います。
投稿者 在原業平 : 2008年8月25日 00:05
21日のKAMOMEでの石井さんにとってのthe MOST最後のライブは本当に素晴らしく、楽しいものでした。ベティブルーは感動のあまり鳥肌が立ちました。多田さんと石井さんとのアイコンタクトなど、しっかりと脳裏に焼き付けておきたくて五感を研ぎ澄まして聴き入りました。でも二人を見ていると涙があふれ、時々目を閉じてこらえながら・・・。また何処かでおふたりの生のベティブルー聴かして下さいね。
これからのリーダーとしての石井さんの活躍もおおいに期待しています。
投稿者 萌木 : 2008年8月25日 11:37
在原業平さま、萌木さま、ほんとうにありがとうございました。これまでthe MOSTを愛していただき感謝です。僕にとって大切な1ページ。。。いや、それ以上です。これからも、多田さんは多田さんの音楽を追及し続けるだろうし、the MOSTも進化し続けるのだと信じます。
投稿者 石井彰 : 2008年8月28日 02:44